【小説】「神の正気」4(完結)【習作としての二次創作ワークショップ用作品】

神の正気 4(承前)

キラキラと光る眼をさらにかがやかせて、話があると兄に言いました。そして短剣を置いてくるように依頼したのです。二人はそれぞれ得物を暖炉の上に置いて、霜のおりる寒い外へ出ていきました。

兄さんはぼくに嬉しいことがあったらよろこんでくれますか。アベルは夜寒の中をさいて歩きながら、言いました。おまえに佳いことがあったなら、おれもうれしい。カインは答えました。長いことお二人は、星あかりの強い三日月の夜を黙々とゆきました。

やがて対岸も見えぬほどひろい川の悠々とながれるのが見える土手まで参りました。お二人はどんな大切なことも、幼いときからここで話しあっていたのです。そのひろやかな川の流れを見れば、心がなごむからと御母イヴさまの教えでございました。

アベルはもう行商の娘の親を通して結婚の申込みをしていたのです。

かれが見せたのは、うつくしい夜光珠でした、婚姻の約束にと娘の親がアベルに贈ったものです。カインはそれを呆然と手のひらにのせて、そして食い入るように弟を見つめます。

「なぜお前なのだ」

と、言葉に出さぬまでも、眼が、ギラギラと訴えかけていました。

男らしくアベルは胸を張っていました。堂々とする弟の前に貧弱な敗北者になっていることに、あの方自身も気づかれたはずです。

しかし、なんの敗北、だれによって? 主よ、あの方は、深く神を信じるゆえに、あなたを、責めることができません、

アベルは兄の苦悶にようやく気づいたように、苦笑しました。

「つまらぬことに心を煩わさぬことです、兄さん。兄さんにも、佳いことは起こりましょう」

「つまらぬか」

「ええ、兄さんにもいずれ――不平があるなら、主はそれをも汲み取ってくださるでしょうから」

「そうか」

カインはつぶやきました。

そして猛然、ひと打ち、その大きく尖った石を振りかぶりました。

あっとアベルは叫んで横に転がるように避けます。かわされたことでカインの怒りはさらに昂じ、わけのわからぬ悲鳴を絶叫して、その手を力の限り振り下ろしました。髪を逆立てて怒りの声をあげ、狂った歯車のように執拗に頭を破壊していきます。とっくにアベルは抵抗できなくなっていました。最初にあたった一撃で死んでいたのです。

その場に突っ伏して長いこと、死んだようにカインは倒れていました。かたわらに碎けた柘榴のように無残な、アベルの死骸がのべてあります。やがてカインはゆっくりと起き上がり、黒い血にそまった自分の手をながめました。そして顔というものがなくなった、ぴくりとも動かぬ死体を見つめました。

そのくちびるが二度ともの言うことなく、足が立つことなく、手が仕返しの凶器を握ることなく、愛惜を覚えさす光がまなこによみがえることないとさとったのです。

安心したような微笑がうかんでいました。これまで見たこともないやすらかな笑みでした。

カインはかつて弟だった死骸を、川辺の柳の下まで引きずっていきました。そこからはるか水平線をながめると、広やかな川のむこうにしばらく眼をとめていたものの、死骸を、ざぶん、と水の中へ落としました。体は川の下手《しもて》にずんずん流れていき、やがて岩間の渦のなっているところでぐるりと沈んで見えなくなりました。カインは迷ったすえ、夜光珠を柳の根本へ小さな墓標のようにうずめました。

燦とひかりが強くさしたのはそのときでございます。

主よ、あなたは降臨されて光の御簾のうちから大いなる声を発しました。

「カイン、カインよ、お前の弟はどこにおるのだね」

その声はおごそかで、祖父がわざと孫に、食べたお菓子のありかをたずねる口調に似ていました。ああ神よ、あなたは全知全能であらせられます。あなたがすべてをご存知なのは、カインとてすっかり知っておいででしたろう。

殺人者は、涙にぬれた頬にあかるく笑みをうかべて、言いました。

「私はあの弟の番人でしょうか」

さっ、と降る光が昏くなりました。それも一瞬のことでおおきな光の奥から、悲痛な叫びが、まさしくあなたさま、神の御言葉が嵐のように吹き出てきたのです。

「ああお前は永遠に孤独にいたいのか。私を離れて、罪を悔いることなく、さびしい地獄を生きながら味わいたいのか」

あのときあなたさまが、お前の苦しみはわかった、それほどまでに苦しかったか、さぞつらかったろう、しかししてはいけないのだとなだめていたなら、カインは泣いて、大地を血で穢したことを詫びたに違いありません。弟への憎しみもうらみも吐きだして、そして赦してしまったに違いありません。

しかしあなたさまが、あの苦悩のひとにふりかけたのは、呪いでございました。責め立てる御言葉でございました。

「私を放逐してください、神よ」

カインは言いました。

「私の労苦を報いることなく、不平な天秤を用いたお方。どうぞ私を苦しめないでください、もう私を監視するのをやめてください」

「お前は永劫、苦しむ」

主よ、あなたはそう仰せになり、そして轟と黒風が吹くと、カインの姿は煙のように消え去っていました。

カインとアベルには、太祖アダムとイヴが年老いてからお産みになった、齢のはなれたお小さいセトという末の弟君、それに幾人かの妹君がおりました。わたくしは居合わせたものとして、大食卓の炉火をまもっていたセトのもとに馳せ参じて報告しました。

そこから先のかなしい騒ぎは、いまさら言うまでもございますまい。わたくしはさんざ詰問され、邸のものは上から下まで泣きさわぎ、アベルの遺骸を捜しに召使いたちが川へ派遣されました。

詮議を終えたわたくしが表へまろび出ると、昼の日が高くやさしく上がっていました。

あの乙女が待ち構えていました。

彼女は昨晩――アベルのもとへ忍んでいったとカインが勘違いしたあの夜、灯をともす油を借りに邸へやって来ていたのです。そのあとすぐに自分の天幕へ帰った彼女でしたが、帰りの夜道にあの兄弟がただならぬふうで出ていったのを見ていたのでした。朝、油の礼を言いにきてアベル死去、カイン失踪の騒ぎにたちあったのです。

わたくしを引き連れて、娘はカインがアベルの死体を流したあのひろい河までやってきました。道みち、最初から最後まで話を聞き終わると、青い眼に炎をひらめかせながら、わたくしに向き直り、

「お前は主人のために殺しを止めなかったのだろう」

わたくしは深々と頭を垂れました。

「わからない」

腰の短剣の柄に掌をおいて、娘は目を伏せてささやきました。

「あなたがたの神が正気であることをだれも証明できないのに、その天秤が正しいか、だれもたしかめられないのに」

殴られたように眼の前がくわくわと回りました。全能なる神にむかって、無礼な、女郎《めろう》、と言いたくても、唇がわなわなと震えるばかりで、言葉になりません。

娘は颯と一閃、腰の短剣を抜き放ちました。カインの愛の証のオレンジの枝を断ち切り、そして双方からもらった恋の手紙をずたずたに引き裂いて、川へ流しました。そして異国のことばで、歌いはじめたのです。

「われらの神々は、かならずわれらをお護りくださる。また護ることなければ、人も捧げ物をせぬ」

陽射しに短剣をささげもつようにして礼拝し、刃を鞘におさめると、娘は目を伏せて吐息をつきました。

「お前たちは、わからないね」

その娘は翌朝、カインの畑とアベルの牧場の境ほどにある樹のそばで、己が胸に短刀を突き立てた姿で見つかりました。木の幹に身体をぶつけるようにして刃を突き立て、自害したらしく、うつぶした白いほそい身体の下にふかい血だまりが広がっていました。しかし遺言めいたものではなく、行商の一行はわたくしどもらの復讐だと言って騒ぎ立て、その収拾にもセトは手間取らされたものです。

推察によると、彼女はすべて四方を丸くおさめるため、また一家の長となるべき二人の男を死なせた責任を負って自裁したとも言い、また本当はどちらかに好意があったのをこのような結果になって悲観し、自裁したのだと邪推したものもいます。

いずれにせよ主よ、これはセトがのちの子孫に語らなかったものがたりでございます。

その後、吟遊詩人の話によると、カインは東の涯の町で鍛冶職人となり、そこで妻を娶って子をなし、人から慕われて暮らしているということです。

「ただし、かのカインという方はもう郊外へ出ることはできないのです。というのも、石畳が切れて土が見える場所までくると、彼の耳には殺した弟の呪詛、彼が棄てた神の怒りの声がありありと聞こえるためだといいます。だから弟御がいつ復讐にきても大丈夫なように、するどい優秀な武器を作っているのだと、こう言うものもおります」

家を継いだセトは、妻とそのあいだにできた何人もの子供にかこまれてその話を聞きながら、涙を流し、

「大地はまだカインの兄上の罪を叫び続けている」

こうしてカインの行く末を、セトの子らはどこか同情をこめて語り伝えています。アベルの死が憐れまれて当然なのと同じように、殺人者も慈悲をかけられるという範がここにできたのでしょう。

わたくしはあの方の残された畑を守って生涯を終えました。死後には辺獄《リンボ》にて審判までの日夜を送ることとなったわたくしですが、広い黄泉のあちらこちらを歩いても、やはりカインのお姿は拝することがありません。

あれから多くの歳月がすぎ、あの方よりも非道な罪人が砂粒よりも多く生まれました。主よ、あなたはそれらの人の悲しみを聞き分け、救いの道をお示しなさいました。

だからわたくしのお祈りも、きっと、聞き届けてくださいましょう。

すべて全能の神の御心のままに、天には神に栄光、地には平和、確《アーメン》かに。

〈了〉




 完結。いかがでしたでしょうか。

ものを書くひと、作者の日野成美(@hinonarumi)です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ろくろくペンも持てない大スランプが続き、ブログもご無沙汰してしまいましたごめんなさい……!

さてさて完結した習作「神の正気」

いかがでしたでしょうか。

完成度の高い良作とは言い難いですが、

絶望的に悪い、というものでもありません。

書けっていったって、どーやって書けばええねん。

の疑問に答えられたらと、過去作を晒してみました。

さて、解説という名の小説講座、参ります!

カインとアベルの物語の本質

作者が書きたかったこと

私事ですが私は、

人間の心理をえぐるのにまったく興味がなく

もっぱら事件を活かす舞台装置として人物を描きたい

というタイプの作家です。

芥川龍之介、チェーホフなど短編の名手は

人間を描いている、ーーと見せかけてそうではありません。

短編で描くのは、事件です。

ということは、

事件にまつわる人間ドラマ=群像劇あるいは心理ドラマを描く

という形が一般的になります。

今回もそんな感じで書いてみました。

問われる「神の正気」

分かる人にはわかりましたね。

「ヘルシング」の少佐の名セリフがぶっちゃけ元ネタです。(クリーククリーク!)

旧約の神はツッコミどころ満載の理不尽な絶対者

カインとアベルへの不公平さなど

正気の沙汰とは思えません。

ちなみにヨブ記はこの比じゃないエクストリームさ。

そこで今回は、

カインとアベルのすれ違い自体にツッコミを入れたい。

つまり、その原因となった神の言動に対して

一言言いたい――そういうコンセプトでした。

コレを言わせたいがために、行商の娘を出したのです。

心残りになった、アベルの人物造形

さて、人類初の「殺人被害者」アベル。

彼は、神に「よし」とされた人物。

本当はもっとよい人間として描きたいところでした。

ただのちょいムカつく系男子になってしまったのに

悔いが残ります。

ただ、これ以上この作品に時間をかけられなかったので……!

あらためて、オリジナルキャラ「行商の娘」について

旧約的価値観に染まらない「ツッコミキャラ」として設置した

行商の娘。

彼女の命を助けるという案もあったのですが

第2稿で削除。

今回は「すれ違いの悲劇」の物語なので

あのような末路を辿らせました。

人物をいかに虐められるかも、物語のために必要なことです。

今回はこれで正解だったと思っています。

語り手の従僕

こちら↓でも書いたとおり、

https://hinon-akikonom.com/2018/01/09/novel-kaminosyouki-1/

語り手の手法は

太宰治「右大臣実朝」を参考にしました。

彼は能動的な存在ではないのですが、

最後の最後でみずからの自由意志により行動します。

そうしないと語り部として成立しないので( ̄▽ ̄;)

そして一人称主観の語りという形をとったことにより

物語がたとえ、原本と違っていても

「こいつの主観だから、間違っていることもあるかも」となる。

三人称は神の視点=確定事項を伝えるのでこうはいきません。

さまざまな、語り口がある。

それを知っておくだけで、物語を紡ぐときの強みになります。

コレの進化系が信用できない語り手というものですが

これまたレベルがあがるので、それについてはまた別の機会に。



書くのが楽だった本作

オチもストーリーも起承転結も最初から決まっている二次創作は「楽」

さて、二次創作で習作を書きましょうというコンセプトで

綴りました、今回のシリーズ。

サンプルとして拙作を晒してみました。

書くのはものすごく楽でした。

1週間くらいで形になったかと思います。

(1作品に最低1ヶ月かかるのですが(;・∀・))

というのも、

プロットやストーリーなど、すべて用意されていたからです。

あとはそれを、自分なりの小説にまとめるだけ。

繰り返します、

二次創作は楽です。

だからこそ、習作としてオススメします。

成功(?)の秘訣はなによりも「読書」!

で、ある程度のレベルまでイケた今回。

リアリティを出せたかと思います。

なぜなら作者の私が

旧約聖書と新約聖書の実物をガチで読んでいたから。

ほかにも、10代のころから

宗教関連のことはかなり調べもしました。

宗教モチーフの作品を描くときは

宗教と信仰をしっかり考えないと失敗する

というのが私の信条です。

今回のために調べていたわけではありません。

日々のコツコツとした読書経験が活きた形になった

運のいい作品となりました。

ただし二次創作はあくまで

書き手の練習作品。

よほどの名作でないかぎり

読者は、二次創作なんか読みたいと思いません。

それでもめげずにいきましょう。

なにごとも練習。

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ではまたネットの海で。

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