【小説】「神の正気」2【習作としての二次創作ワークショップ用作品】

神の正気 2(承前)

アベルの家畜が是《よし》とされ、カインの作物が否《いな》とされたことにだれもが憤りました。

といってもその理由を、カイン付きの人びとは知っておりました。寒波で小麦は空もみが多く、果実なども小さくしなびたものが多かったのです。それでもわたくしどもは一等よいのを選び、銀の器に盛って捧げたてまつりました。

聖なる幕屋でとりおこなわれたお告げがすみ、やがて、若い女の召使いがすすり泣きはじめました。屈辱の思いにわたくしどもは胸を叩き衣をやぶって、神に抗議の意を示しました。捧げ物はむなしく祭壇に置かれております。アベルの召使いの人びとは、顔をしかめてうつむいております。

そのときカインがさっと祭壇にむけて、身を投げるようにしてひれ伏しました。長いこと絨毯に額を強く押しつけていましたが、やがて立ち上がるとわれわれを向き、

「おまえたちは、よくやった。おれの、不徳のいたすところだ」

泣き声も怒声もやみました。ただみな、このいさぎよい言葉に感動していました。それからカインは天に手をかかげ、

「天には神に栄光」

「地には善意の人に平和あれ」

と、それにアベルが続きました。

「われら主をほめ、主をたたえ……」と召使いたちも唱和し、さいごには、

「ハレルヤ、いと高きところには神に栄光、ハレルヤ」

と、みな等しく祈りを終えたのです。

そのあと型どおりの収穫の宴が開かれました。ちょっと前までの気まずい空気をごまかすように、みな陽気に騒ぎ立ちました。

宴席で私は酒の毒にあてられて、冷たい風にあたりに外へ出ました。

あのお二人が月光の下、対峙しているのです。

カインはおそろしく眼を怒らせて、総身をふるわせて、弟の前に立ちはだかりました。

「お前は、兄を、軽蔑しているだろう」

そう言われて、アベルも黙っていられないようでした。

「ぼくが神のえこひいきを受けたというのなら、証明をしてみてください」

「おれの作が、劣っていると思ったか」

りょうりょうとした月あかりのなかで、アベルが顔をしかめるのが見えました。

「ぼくだって子羊のあいだで眼のただれの疫病がひどかったけれど、なんとか乗り切った。ぼくの苦労を神さまは見ていてくださったのです。そのお答えは、兄さんの胸に訊いてみてはどうですか」

さっとカインの顔から表情がなくなりました。「ああ主よ」とうめくように言って暗闇のなかへと駆け去っていきます。弟は止めませんでした。かわりに拳で胸をたたいてあおむき、長いことなにか天に祈っておいででした。

その日以来、双方の召使いらにも奇妙な軋轢がきしむようになったのです。

肥をとりにいく召使と家畜小屋番のあいだで、

「せっかくの肥も、神様に失格とされた作のものにされるんなら、世話はねえ」

そんなことを言われて双方つかみあいの喧嘩になったこともあったのです。

わたくしにはわかります、口下手なあの方のお心が。これらのことがどれほどあの方を傷つけたことでしょう。

といって、弟を否定し切ることはできません。弟は、佳《よ》き人なのです。神に証された人なのです。また実際、尊敬に足る人でした。

神よ、あなたの御言葉はなんと多くのことを毀してしまったことでしょう!

もうお二方とも三十に手が届こうとしていました。そして二人ともに想いをよせる娘がいました。




分析、第2回!

日野成美(@hinonarumi)です。

お読みいただきありがとうございます。

https://hinon-akikonom.com/2018/01/09/syousetsu-secondary-creation3/

https://hinon-akikonom.com/2018/01/09/novel-kaminosyouki-1/

さて、物語も起承転結の「承」に入り

さらにオリジナル要素も挿入されて

物語が「小説」らしくなってまいりました。

今回のベース題材となっている「カインとアベル」は

非常にドラマティックな「事件」です。

そのため、元ネタの旧約聖書にはない

「人間ドラマとしての要素」独自に入れる

ということをしてみました。

奇抜な事件がドーンバーンとあって

そのあらすじだけで小説を押し出していくというのも

アリだとは思いますが、個人的に私は好きではありません。

たとえば短編の名手・芥川龍之介などは

なんでもないシーン・事件のなかで

人間の心理・認識が一瞬で転回することによる

感動を描き出す天才(傑作「蜜柑」が代表格)。

「事件に付随する人間の心のゆらぎ」を描くのが

短編の醍醐味だと私は考えています。

――ま、あれだ。

小説を書くとは、世界を立体化させることですが

「それっぽく」見せればこちら(書き手)の勝ちです。

堅苦しく考えずにいきましょう!


小説の本質とは「対立」「葛藤」である

疎外されていくカインとぎくしゃくする周囲の「葛藤」

本作では、カインとアベル以外の人物にも

かなりスポットライトを当てて描いています。

「人の不幸は蜜の味」といいますが、

その理由は

葛藤や対立を観察するのは、

人間が本能的に娯楽とすることだから。

と、私は考えます。

主に描かれるのは、主人公であるカインの葛藤。

この作品で私はカインを

「抑圧された善人」として描きました。

朴訥なカインがなぜ殺人を……というのは

書く上で作者自身も彼を追いかけていく最中

とても興味深かったことです。

それが、読者の方にも伝わっていれば

この作品は少なくとも判定勝ちにはもっていけるでしょう。

初稿では存在しなかった「息子を見放す父母」の図

そんなにカンタンに人殺しとかしないだろう。

というのが、私の「カインとアベル」物語に対する

ツッコミのひとつです。

カインがキレキャラとは考えづらく

それまではアベルとも仲良しだった模様(元ネタ読んでも)。

ということは

殺人にまで追いこまれる、さらなる要素があっていいはずだ

と、分析したのです。

ってことで浮かんだのが

「神によしとされた弟をかわいがって

 否とされた兄をいびる両親(アダムとイブ)」

の図。

これは実は、初稿にはありませんでした。

次にあつかうオリジナル要素を際立たせる上で

また、カインを追いつめる上で

効果的に機能するように、と思って入れたのですが……

削るべきだったか、このままでいいかは

また最後に振り返れたらと思います。

さて、とりあえず今日はここまで!

次回も起承転結の「承」ですが、

ちょっとおもむきが変わってきますよ。

ではまたネットの海で。
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