書いている小説がつまらない?まず○○を変えて見直してみよう!

書いているうちに、どんどん作品がつまらなく見える問題。

新年明けましておめでとうございます。

日野成美(@hinonarumi)です。年末は風邪で寝込んでおりましたー!

2018年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて新年から創作講座。

二次創作については少々置いといて、

新年第1弾は

「つまらなくて、先を書けない作品をどうするか」

について語ろうと思います。

どういうことかというと

「なんか、自分の作品がつまらなくなって

書き進められない」

という悩みにお答えしようと思うのです。

私はこの問題を解決して数年になるのですが

昔のことを考えつつ、書いていきますね。


自分の小説がつまらなく見える問題

アマチュアのみならず、多くの作家にとって

たいていの場合これは

実際に至らない作品だから、という場合が多いです。

「つまらない」のではありません。

天才・宮沢賢治だって

活字になった自分の出版作品を

延々とさらに推敲していたという伝説を持ちます。

あの宮沢賢治がですよ。

「至らない」

というのは、

「もっとよくできる」

「ここが足りない」

「なにかおかしい」

という、諸問題点が発見できている状態、です。

上級者になるとこの悩み方をする傾向にあります。

ただし、たびたび初心者の方から訊かれるのが

「自分の作品が急に途中でつまらなくなって

 それ以上書き進められない」

という深刻な問題。

これは

「諸問題が見えていないのに、漠然と、つまらない」

というもの。

困りものですよね……。

今回はこの悩みが少しでも解決できるよう

探っていきます。

前提:世の大半の小説は、つまらない

ぶっちゃけ、

書きはじめたばかりのアマチュアの作家の作品どころか

プロの一部の小説だって、大半は、つまらないです。

書店で積まれている小説をパラ読みしてみてください、

たいてい、つまらないです。

魅力があって後世に残るものは、少ない。

そのことをまず念頭に置いてください。

小説とは本来、磨かなければクソのような小石なのです。

あなたの仕事はそれを磨くことです。

そして

どんな文豪も初心者のときは

クソのような文章しか書けませんでした。

当局が昔の嬉し恥ずかしな作品を隠しているだけです。

だから、まずはそこは、安心してください。

最初から完成形で生まれてくる作家はいません。

いや、たまにいますが、

完璧なもの作って喝采を浴びたあと、実質的に潰れたりします。

いま、いえ死ぬまで不完全なくらいが、ちょうどいいのです。

前提2「つまらなく書いた作品」はある、「つまらない題材」などない

サラリーマンが朝起きたら虫になってて、

それをめぐって家族が超ドタバタ。

世界文学史に残る傑作

フランツ・カフカ「変身」のあらすじです

どうです、このパッと見のつまらなさは!

ほかにも

「あらすじがつまらないのに、小説作品としては傑作」

は枚挙にいとまがありません。

あらすじや題材そのものが

おもしろい・つまらないを決めるということは

非常に少ないです。

単に描き方の問題です。

谷崎潤一郎の「細雪」なんてただの婚活小説ですよ。

どんなにつまらないあらすじでも

技術でもって、おもしろいものにする。

それはストーリーによってではありません、

空間を立ちあがらせることによって、です。

あらすじがおもしろくて文章が貧弱な作品は、シナリオです、小説ではない。

これが小説家です。

われわれは、世界を作る職人なのです。

肝心なのは、あらすじではありません。

少なくとも、あらすじ「だけ」では、ない。

では、本筋に参りましょう。

一番の要因「語り口」が正しくない

とにかく途中から「楽しくない」のは○○が原因

没入できないとき。作品世界を信じられないとき。

かなりのケースで

「視点」「人称」の据え方が適切でないことが

非常に多い。

つまり「語り口」を誤っている。

試しに、いまの語り口をやめてみませんか?

ストーリーはそのままでも、

語り口を書き換えてみるというのは、どうでしょう?

三人称を一人称に、

回顧録や手記、手紙風に

現在進行形、未来からの予言

はたまた、おとぎ話のように

さまざまな形があります。

物語には、ふさわしい「語られ方」があるのです。

それをまずは探り直しましょう。

例:Before

佐々木は夜のがらんどうの部署に一人、物思いに沈んだ。蛍光灯が静かに白くあかるい。既製品の机、既製品の椅子、既製品の文房具、既成品の服。

いつのまに、自分はこんなに平凡な人間になってしまったのだろう?

神童としてもてはやされた、あのころ。自分は特別だと思いこんでいた。

なのに今こうして、平凡な、平凡きわまりないサラリーマンとして生きている。

「ああピアノが弾きたい」

そこに、かろやかな音が響いた。佐々木は顔を上げる。あっと声をあげた。

子どもが立っている。その面影に見覚えがあった。

本ラストで、この文章の語り口を変えたバージョンを

UPしてみます。

まあこれでも通用するといえば、通用しますが

ベストではありません。

正直、コレは私でもつまらないと思います、

この先を少なくとも、書こうとは思えません。

これは書き慣れるにつれて、やがて解決していく問題です。

修行を積めば絶対に解消する悩みなので

根気強くがんばりましょう。

大丈夫、コンセプトのしっかりしたとっかえは良作への近道です。

日野成美なんかしょっちゅう、半泣きになりながら

初稿をファイリングして封印したりします。(捨てはしない)


回答:After

おれは何なんだ?

そのとき、じつに強力な衝動で叫びたくなった。

こうして平凡な会社の平凡な部署の、平凡な机に向かい平凡な椅子に座って、平凡な業務をこなしている。これが、おれか。おれの、本来の姿か。

違う――子どものころのあの力は、もう戻らないのだろうか。そう思ったよ。

だってそうだろう?子どものときは誰だって、自分が特別だと思うものだけれど、おれの場合、本当に、「特別」だったんだから。

ほんとうだ、本当なんだよ。ウソじゃない。

「ああ、ピアノが弾きたい」

顔を掌で覆って、つぶやいた。そこに響いたんだ、かろやかな音が。

ピアノの音だった。

この一人称のほうが

個人の葛藤や情動がリアルに表に出ます。

これなら、私は先を書けると思います。

今日のワークショップ

あなたの手持ちのネタで

先に進めることのできない作品の

「人称」「語り口」を変えて

もう一度、ほんの一部分でも書き直してみてください。

絶対に、景色が変わりますよ。

そんな感じで、今年もやっていきますよー!

ではまたネットの海で。

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コメント

  1. 有沢 より:

    細雪は、身も蓋もなさすぎで笑いました。
    ジョイスの『ユリシーズ』はサラリーマンの一日ですね(笑)

    人称の問題と言えば、ナボコフが自覚的にやっていますね

    ご存知かもしれませんが、僕は推理小説を書いています。
    そして推理小説では人称の問題が重要となるんですよ。

    例えば、よく引く例が
    A.わたしは黒い車を見た。
    B.吉崎は黒い車を見た。
    C.吉崎は黒い車を見た、と思った。

    確実に赤だと断言できるのは、Bですよね。
    もしかしたら「わたし」は色盲で、赤を黒と見間違えていたのかもしれません。

    • hinon より:

      有沢さん、コメントありがとうございます!

      たしかにユリシーズ、サラリーマンの一日を懇切丁寧に描いただけといえば、それだけののんびりした作品かもしれません(笑)
      ナボコフはティーンのときに「ロリータ」を読んだきりですが、人称はどの作家もある程度のレベル(文豪クラスならもちろん)に達すれば、多少は意識することかもしれません。

      なるほど、たしかに視点によって「情報の確実さ」も違いますね。参考になります。
      カズオ・イシグロも「信用できない語り手」を活用することで、物語に深みを増すという手法を多く使っていますし(「日の名残り」傑作でした!)
      芥川の「藪の中」も……

      小説ってふかい。楽しいですね。
      いつもありがとうございます、また「ことそこ!」そして日野成美をよろしくお願いいたします!