「事実は小説よりも奇なり」……じゃなくするのは、小説家の使命

この記事を3行でまとめると

「事実は小説より奇なり」って本当?

いや違う!見せ方によって事実よりおもしろくなる

それが小説の価値だ!って、おはなし。


小説家のやる気を削ぐワード第1位「事実は小説よりも奇なり」。

日野成美(@hinonarumi)です。

先日(2017年11月)起こった

神奈川県座間市の9人殺害

非常にいたましい事件で、心よりお悔やみ申し上げます。

で。

私のまわりでも展開されました、以下の会話。

「事実は小説よりも奇なりだね〜」

これには

「ですよね〜〜(°▽°)」

と返してなにも反論ができません。

起こった事実はたしかに「題材」としてすぐれている

語弊を恐れずに言えば、です。

たとえば

・「一番のファン」から射殺されたアーティスト

・記憶をなくしたものの、それでなお自分の曲を聞いて涙した音楽家

・「奇跡」を起こして人材を集め、大規模テロを起こした「宗教」

まだまだ挙げることはできますが

実在の事件のほうがストーリーとして「おもしろい」

あるいは題材としても「おもしろい」ものは

人間の想像するアイデアよりも、現実が先行します。

作家のアイデアなんざ

過去の経験や知識からしか出ないのです。

なので

「事実は小説より奇なり」なのは当たり前。

では小説の価値は疑われる……?

「いやそんなことはない!!」

と、小説書きなら言わざるをえない。

もう1つ着目点があるとするなら、

フィクション(嘘言)は本物(ノンフィクション)よりも

多くの人に読まれているということです。

それはなぜ……?

結論から言うと!!

「優秀な小説」は事実より奇なり

事実をありのまま小説にしても

おもしろくないに決まっているのです。

むしろ

実在の事件をそのまま描いては

現実の模倣となり

まるでつまらなくなります。

小説作品としてすぐれたものを読めば

事実以上の真実がえぐられ

感動と感銘をうみだし

あたらしい景色を示します。

小説家が勝負すべきは「ものの見せ方」

私の持論として

作家とは職人である

ということです。

素質や才能、努力もあるかもしれませんが

どんなに平凡な書き手でも、

努力次第でいくらでもなんとかなります。

しかしはっきり言っておこう、努力次第だと。

だから私も日々がんばって……ぐっ。

なので……

アイデアで勝負するのではなく

作品・小説自体の見せ方で勝負しなければ

作家が廃るというものです。

それは古今東西の作家がやりとげ、

あるいはやり遂げようとしてきたことです。

たとえば……

・実在の事件を斜め上にぶっ飛ばした

マジック・リアリズムの傑作

 ガルシア=マルケス「予告された殺人の記録」

・現実をどこまでも掘り下げたノンフィクション・ノベル、

 カポーティ「冷血」

・思想と現実と事実と理想の混濁した奇跡、

 小林多喜二「蟹工船」

……etc

まあこのへんは

ふつうにノーベル賞とか古典になる傑作なので

かえって真似してはいけないやつ。

よいこの作家はまずは楽しく読んで

いっしょに打ちのめされましょう。

事実を凌駕する小説を創るには

この答えは正直、私にもわかっていません。

なので私は現在での仮定を立てています。

現実は巨大で重く

私たち(少なくとも、私)作家があつかうべき題材ではない。

ただできるとするならば、現実に立脚するだけでなく

自分の想像力(たとえそれがどれだけ貧弱と自覚していても)

技法やストーリーテリング(物語の方法)でもって

世界を創り上げること。

そう信じて、今日も書く。

小説を凌駕する事実は、小説より奇なり。

ではまたネットの海で。

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