やがては絶滅する古本まつりについて

この記事を3行でまとめると

電子書籍が隆盛になるとするなら

「古本」「紙の本」は物質的な資産となる、ゆえに

いずれは絶滅するかもしれない「古本まつり」について考察する、おはなし。



聖地・神田神保町で夢の祭典「神田古本まつり」開催のよし。(2017/11/05)

行ってこられた方、まことに羨ましゅうございます。

同時開催でカレー祭りなるものまであったようで

人混みに行って倒れるのでなければ

ぜひともおもむいて見たかった…(;_;)←カレーLOVE

ところで私は電子書籍派

ここ最近では電子書籍しか買っていません。ちなみにhontoユーザー。

1ヶ月で(ふだん読書メーターで数えてない分をふくめると)

青空文庫で20〜30作品程度は読んでいます。

ふつうに定価購入したら

数千円をくだらない読書量ではあるものの、

今月かかっている本代

1,200円強。

読んだの本(以下「紙本)は

そのうち2冊

――そこで考えた。

いずれは紙の本が絶滅するならば

「古本まつり」「古本市」も

滅亡してしまうのではないだろうか?

というわけで、

緊急特集!

「いずれは滅亡する古本まつりについて」!

いや決して行けなかったひがみではない。絶対にない。

なぜ「紙本」は絶滅するか

布団の中で立ち読みできる。出先の電車の中でも買ってすぐ読める

深夜23時とかに布団の中で

立ち読みならぬ「ごろ読み」をし

気に入ったなら即購入。

読書家によくありがちなシチュエーションとして

「新幹線や電車で読む本が切れた」という

危機的状況でも

通信回線が整ってさえいれば

ダウンロードして即効読める。

直近の本屋まで車で30分かかるという

田舎者にもやさしいというだけではありません。

なによりもアマ○ンや○天、○ルカリなどの普及にともない

過重労働にあえぐ

ヤ○トさんや佐○さん、J○さんの

お手をわずらわせなくてすむのです。

(↑の方々の労力を想って最近通販が買えない日野であった)

省スペース

ミニマリスト的にうれしい。

だがしかし

この傾向が強まってくると

読書家にとって永遠の夢である

「本が瓦解して圧死する」

という浪漫も消え失せます。

……生きよ。

安い・読みやすい

安い。(二回言った)

青空文庫ならタダ(著作権切れ作品にかぎる)

私はお財布は

物理的にも内容的にもミニマムにやっているので

青空文庫のヘビーユーザー。

これで今月も3~4,000円程度浮いている計算です。

「新刊」では数百円の差にはなりますが

ポイントも使えるし割引やクーポンも

定期的にキャンペーン展開されています。

「読みやすい」に関しては

文字の拡大・縮小ができる点。デジタルデータ万歳。

近眼の私としてはうれしいです。

そうなるとむしろ紙本が読みづらい。

「資産」としての「紙本」

紙の本がこれまで偉大だった理由

やはり「知識」の象徴だったから。

壁一面にある本=読まれている=所持者は頭いい

というステータスでもありました。20世紀までは。

しかし時代は21世紀。

ググればだれだって

検索で答えがわかるこの世の中で

「物知り」の価値は瓦解しつつあります。だってググればry

と、ここまでは一般論。

では紙本の真の価値とは?

資産としての「本」

やはり資産としての価値があるでしょう。

もはや情報伝達媒体としての

プレミアム度は減っていますが

「本」という一冊の物的資産価値は変わりません。

「本」は売り買いができます。

データは不可能ですが

「本」は売買や賃貸・授受が可能。

「シェア」する感覚は

紙本のほうが強いですね。

絶版本や希少本のみならず

読書家のノスタルジア

プレミアついた稀覯本

(※きこうぼん=1冊ン十万~数百万する超プレミア本。聖地・神田神保町などに専門店が存在する)

が目の前に置かれたとき

文字どおり垂涎してしまうのです。私はする。

紙の本が生き残るための唯一の道は

「資産」としての価値を高めること

だと私は考えています。

だからもっと出版社は

活字や紙質に気を使うべきだとおもうんだ……!

古本まつりは滅んでしまうのか!?

結論から言うと――

古本まつりは滅ばない!永遠に存続するさ!

そこに存在する「フェスティバル(祭典)性」は強く

今回のまつりでも多くの読書家さんたちが

この場をよろこびのオフ会として

三次元空間に手を取り合った模様。

本を賛美する素晴らしい

なごやかなつどいとして

今後も古本まつりは続いてゆくーー

ただし

電子書籍にしかノスタルジアを感じないという

新しい若い世代が台頭しない、かぎり。

と、つらつら思うまま書いてみました。

決して行けなかったひがみではない。ぜったいにない。

ではまたネットの海で。

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