優先席を譲ってほしいハンディ持ち。健常者にメリットは……?

この記事を3行でまとめると

ハンディ持ちの筆者が「優先席譲ってほしい問題」を

健常者・ハンディ持ち双方の気持ちになって考えたら

健常者に譲るメリットはないけどもやっぱり譲ってほしいな、っておはなし



退け、優先席の健常者。

電車で、よく見る光景。

ターミナル駅で始発の電車に乗り込むと

優先席にまっしぐらに向かい

そしてすぐに

イヤホン×寝る。

たいていそれは

パッと見、健常者の学生・社会人の若い人。

何様のつもりだ。

と思いつつ体調のいいときは眉をひそめ

倒れそうなときは優先席付近で吊り革つかんで

めまいをおさえながら席があくのを待つ。

おそらく彼ら・彼女らは、とてもお疲れ。

あるいは疲れる状況におもむくところであることでしょう。

でも…………

正直に言わせていただきます。

なんなの。あれ。

目に見えない「ハンディキャップ」も、もちろんある

たとえば――

服に隠れている義足の方。

私のように、神経をやられて倒れやすい人間。

耳の聞こえない方もパッと見てわかりづらい。

まだ妊娠してまもないお母さんは、お腹が出ていないから、

「おなかに赤ちゃんがいます」キーホルダーやバッジつけてても、わかりにくい…

でも、本当に倒れこむ寸前のときに、

目の前で健常者の若いお兄さんお姉さんが寝てると

本気で殺意を覚えます。

ーーで、ふと思った。

そもそも

「譲る義務」などあるのか?

「譲られる権利」はあるのか?

と。

今回はそれについて考えようと思います。

定義をここでひとつ

「健常者」とは

一日中外にいて仕事・勉強をした上で

その外出先で吐いたり倒れたりしない

あるいは仕事場・学校・町を行く上で

介助が必要がない人のことを

「健常者」と呼ばせていただきます。

一日中ふつうに仕事して

そのまま飲み会行って帰って

お風呂入って着替えて布団敷いて寝る

ということのできるアナタは健常者。

まことにうらやましい。

「ハンディ持ち」とはどういう状態か?

ズバリ

介助が必要な状況が日常生活にある人

および

日常生活困難者。

私は精神障害者手帳2級ですが

「日常生活と就労が困難」という認定です。

外ではたらいていた時がありましたが

帰りの送迎の車でぐったり

お風呂に入る気力もなく、布団も敷かずに寝る

あるいは人混みに長時間いると

その場で倒れそうになります。東京とかマジ地獄。

目が見えなかったり、耳が聞こえない方が駅などで、

どちらに行ったらわからなくなったり

電車の乗降に支障があるという光景は、よく見ます。

ハンディ持ちはなぜ席を譲ってほしいのか

常に「骨折」「肺炎」「インフルエンザ」状態と思っていただきたい

自分の身に置きかえられないから

どうしても実感がわかない……

そんな方が多いかと思います。

「私が優先席を譲ってほしい」と

思うときの状態を説明すると、

インフルエンザが悪化して

眼の前がかすんで立ちくらみ、ウエッホンゲフゲフ

なっているときと同じ感じになっています。

松葉杖の方はそもそも

立っていると揺れる車内で

よろけるし、痛いし、杖が倒れでもしたら他の人の邪魔になるし。

身体障がい者・精神障がい者ともに

「つねに病気」状態だと想像していただけるとうれしいです。

ってか定期的に通院しているから、病気というのは確かだ……

「譲ってもらわなくてもいい」ときもある

たとえば、すぐに駅を降りるとき。

そこまで体調が悪くないとき。

介助者がいてくれるとき。

その空席には、もっと困っている人が

座るべきだ

そういう判断ができたときには、私は座りません。

ハンディ持ちだって

「健常者はいつだって自分らに譲る義務がある」と

必ずしも思っていません。

そこはハンディ持ちのマナーでもあるかと。

優先してもらうのが当然、という考えは好きじゃないです。

健常者だって体調が悪かったりするなら譲ってもらってほしい

優先席は

・お年寄り

・妊婦さん

・お子様を連れた保護者

・障がいのある人

・ペースメーカーをつけている人

が、主に対象となっています。

でも

体調が本当に悪くて倒れそうなら

「健常者」の方も優先席、

座っちゃっていいと思うのです。

立っているのが大変、という状態を

痛いほど知っているから

私は「立っているのがきつい」ひとに

是非とも座ってほしいと思うのです。

でも譲る側に「メリット」は?

ここまでハンディ持ちサイド(譲ってほしい側)から

語ってみましたが――

疲れている健常者のみなさまは

かならずしも譲る必要はあるのか?

よく考えたら、譲る側にメリットはない(かも)

――暫時、考えたところ。

譲る側にメリットはないのではないか?

クッタクタに疲れているところに

譲ってほしい、と言われたら

そちらのほうが殺意を覚えるのかもしれない。

でも、でもでも……

でもお願いだから、交渉の余地は残しておいてほしい。

譲りあい、は社会をいとなむ上で

絶対必要不可欠なスキルです。

ぶっちゃけ、疲れてる健常者がハンディ持ちに

席を譲るメリットはありません。

変に「偽善者」とか言われる可能性もあるでしょう。

ーーでも。

私がなぜ

イヤホン×寝るに殺意を覚えるかというと、

「なにがあっても話を聞く気ありません、譲りません。

 少なくとも座っていたいです」

という意思を痛切に感じるのです。

困ってる人間としては

それこそ倒れるかどうなのか切実な問題なので

お願いだからそのイヤホンを外して

まぶたを開いて

交渉の余地は残しておいてほしい。

「てめーら譲れ」と無条件に言うわけじゃありません。

介助の手を差しのべてくれる見知らぬ人がいると

心があったっかくなってうれしいと同時に

あなた絶対いい人生送れるよ

全力でその人のことを祈ったりする。

席を譲るメリットなんて、たったそれだけです。

気分がいいだけ。

本当に、たったそれだけ。

変な結論になっちゃいましたが

文字数も迫っちゃったし、これにて。

ではまたネットの海で。

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