いじめと自殺による金銭的損失を考える――最終的に困るのは大人じゃないか?

この記事を3行でまとめると

「いじめ」は医療費・葬儀費用・裁判費用などの

金銭的損失を生むから最終的に大人が困る問題である、

ではそのために今そして将来なにができるか、経験にもとづいて語る、おはなし。



「いじめ」被害を放置すると、お金がかかって家計と国家の損失となる

「学生だからお金をムダにしないために行かないと、甘えだ」

「義務教育だから国民の義務だし、行かないと(行かせないと)」

私はこういう「正論」

取り返しがつかないほど体調を崩した挙句に

医療費が莫大にかかったり

家庭内がしっちゃかめっちゃかになった例を

かなりの数見てきました。

何を隠そう私がそうです。

目の前の「いじめ」に目をつぶっていると

最低数年、最悪一生ひきずります。

場合によっては死にます。

ウルトラ少子高齢社会だというのに

せっかくの貴重な命

一生に渡って払っていく予定である

1人1000万円近くという将来の税金的財源がなくなっていき

最終的には大人も困る事態になっていくのです。

本日9月1日は

1年で一番自殺が多くなる日らしいので、

今回は、学校についての「正論」を

経験にもとづいて論破していこうと思います。

「学校行きたくない」への大人側の反論として

・義務教育だから行かなければならない

・学生だから学校に行く必要がある

・行かないと、親にかけてもらっている(子供にかけている)お金がフイになる

1つ1つ、論破していこうと思います。

「教育にかけているお金がフイになる」問題

いじめから発展して病気を発症し

自殺未遂を無数にやらかした人間の経験から言いますと、

ホントにいじめって

医療費かかるし、

そこから発展して長期化・深刻化すると

税金も年金も払えなくなるし

親の扶養となり続けるしかないから、家計の負担は莫大になるし

労働力は減少して日本の産業が先細りになることになるし

大人にとってもいいこと一切ないんです。

仮に子供が死んだ場合の葬儀費用、一周忌など法要に必要なお金

学校を相手取った裁判ならその裁判費用

ショックで親が働けなくなったらそれに関連した金銭的損失……

さらに未遂をさんざやらかした人間の経験として

案外人間の体というのは頑丈にできているので

(数十錠のオーバードーズくらいじゃ死にません)

自殺未遂後の後遺症が残った場合の

医療費に関しては言うまでもないでしょう。

さらには

うつ病や自律神経失調症など

ストレスが起因となる病気は長期化しやすいので、

本当にお金がかかる問題なんです。

「義務教育だから行かなきゃ」問題

これは日本国憲法第4条で定められている「義務」なので

たしかに文面どおりに受け止めるとするなら

是が非でも行かなければならないことになります。

でもまず義務教育のコンセプトについて、おさらい。

ソースは

日本国憲法の各項

および

文部科学省「学校教育(主に義務教育)に関する主な提言事項」より。

(本文太文字は筆者によるもの)

学校内における基本的人権の喪失

そもそも小学校高学年や中学校のときに

「へーすげーよくできてるなー」という思いとともに学んだ

「日本国憲法」によると、国民は

〈基本的人権〉というものがまず、護られる必要があります。

日本国憲法 第十三条

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

学校のいじめにおいて

この条項が守られていないということは

たびかさなる報道で周知のとおり。

自殺を選択せざるをえないほどに

追いつめられる環境で

「生命」が守られているとは思えないし

少なくとも「幸福追求権」は味わえません。

義務教育の本質的な目的とは

で、文部科学省の上記に提言にはこうあります。

礼儀やマナー、公共的なことがらに対する配慮など、他者とかかわる社会的な「表現の様式」を培うことも必要である。

これについて語ると虚しくなる…のですが、

1人あるいは少数を

スケープゴートにして

全体の秩序を保とうとするのが「礼儀やマナー」

そして耐えるのが「配慮」というなら別ですよ。

学校で勉強ができないのなら、行く意義は果たしてあるのか

義務教育を行う学校は

「勉強をするため」の場所です。

勉強ができなきゃ意味ない。

しかし定期的に行われ(そして忘れられ)る

「いじめジャーナリズム」で暴露されるように

学級崩壊やいじめ(自殺教唆罪、ハラスメント行為、暴行傷害)

は苛烈を極め、

それにともない、学校における自殺率は高確率におよび

(とはいっても公式発表だと

 いじめが因果関係の自殺はわずか23件。参考情報

 遺書のない変死、因果関係が認められない自殺を含めると

 数がどうなるかは未知数)

てか、ストレスやいじめっ子による邪魔で

勉強ができないのならば、

家や塾で参考書や問題集解いていたほうが

ずっと勉強としては進みます。

図書館で本を読むのもアリ。

肝心なのは勉強することであって

勉強ができない環境である学校へは行く必要性は

必ずしもないのではないかと。

そして

犯罪行為に等しいことをしてくる人たちに

ムリヤリ合わせて「人間関係」を構築することが

大人になる道筋とは

私はどうしても思えません。

そのあたりをはき違えている気がします。

大人が最終的に困る問題でもある

先に言ったとおり

子供も精神的・肉体的苦痛をあじわって

最終的に死に至る問題ですが

いじめを放置すると大人が困ります。

医療費、葬儀費用、裁判費用……

引きこもりなどになった場合には

親が養わなければならないし

その後長く

精神的・身体的障がいが残った場合にも

大きな損失が出ることになります。

のみならずその子供たちは

死あるいは病気で税金が払えなくなるので

国家運営や福祉にも大きな影響が出ます。

ついでに言うと

多様性を持ちあわせた有能な人材が育たなくなり

日本の生産性も損なわれていきます。

「いじめ」は最終的に

昭和生まれの大人が困る問題になっているということに

もっとおっさん・おばさんは思い至るべきです。

といっても解決策はカンタンではない

「学校なんて行かなくても勉強はできる」

と言って親の「学校行け」コールを振り払い

不登校から大検、通信制大学のルートで

生きのびることを選択したはいいものの

私もかなりのサバイバルを送ってきました。

勉強なんて、学校の外でもその気になればできる。

通信制や大検もある。

がんばれば、フリースクールなどNPOも助けてくれる。

……というのは事実ですが。

実際は学校以外に社会的に子供の居場所はありません。

理科の実験、体育の授業などは専門の機材がなければなりませんし

学校から出ると一切のカリキュラムがないので

なにをどう勉強すればいいのかわからなくなります。

手当たり次第に本を読んで現在にいたりますが……。

その辺の教育の不十分もふくめて、

いじめによる不登校生の増大も日本の損失となっていくのです。

子供の教育で改善できるなら、とっくになくなってる

私の知るかぎり20年くらい

「いじめをなくそう」運動が起こっていますが

・対象が子供に向けられている

・罪を犯したときの責任追及がなされない

「いじめる」「いじめられる」という

ソフトな表現を用いることにより

行為の犯罪性を示していない

これらが主な要因だと思うのですが

いじめは増加の一途をたどっています。

いじめに対する唯一有効な「罰」としての対策が

○ちゃんねるなどの匿名掲示板・サイトにおいて

情報を流していじめっ子への私刑を依頼するという

法治国家にあるまじき事態となっているのは、

由々しき事態であるとも思います。

(かくいう私はこういう風潮はあるまじきことだと考えています)

校内への監視カメラの設置や

司法・警察権の積極的な介入

凶悪犯罪における少年法の撤廃

などがいま大人にできることでしょう。

もう小手先のごまかしで

なんとかできる時期は終わりました。

では今は、どうしたらいいのか?

私の考えるかぎり

一番いいんじゃないかと思うのが

弁護士に依頼した上で、警察に被害届を持っていく

ことです。

大人で言うと

自殺教唆罪、ハラスメント、傷害事件、恐喝罪

なわけですから、警察は対応をしてしかるべきなのです。

このあたりも難しいとは思うのですが

さしあたり有効と言えましょう。

あとは子供が生きのびる決意をするために

好きなことを伸ばしてやることです。

私は小説・文章を書くことを許してもらったことで

生きる希望がわきました。

というか、私には小説しかありませんでしたから。

好きなことを伸ばしたい、やりとげたい、

この夢のためなら、生きのびてみせる。

そんな力はどんな子供・人間の中にもあるはずです。

それを許してあげてください。

そっちにもお金を回してあげてください。

世の中やっぱり金と愛。

とりとめもなく書きましたが

いじめを金銭的損失の面からアプローチした記事って

あんまりないんじゃないかと思って

書いてみました~。

本当に、私の医療費が累計いくらになったか計算してみたいですね^^;

(ちなみに現在は、うつ病その他で障害者手帳2級)

ま、お金の問題以外は

さんざん語られていることだとは思いますが。

将来のわれわれの福祉や国家運営のためにも、

将来の財源である子供たちを救わなければならない。

この考えは汚いでしょうか。

でもどんな考えであっても、それが事態を動かす切実な動機となるのなら

私はよいと思っています。

ではまたネットの海で。

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