【エッセイ】京に着ける暮れ方

存外に京都はふつうの街である。

滞在して七日目になるが、所帯じみて人の垢のにおいがただよい、辻には防鳥ネットの下にゴミ袋が転がり、飯を炊くにおいのみちる、ごくごくふつうの街である。

七日前。

東海道新幹線で、念願の富士山を見るのをかねてから湧いていた薄雲にはばまれ、意気消沈したまま車窓を見つめていると数十分の時をおいてついに京都に入った。

人生ではじめて見る永遠の都が窓に登場したとき、私はどこかに社(やしろ)の杜(もり)や寺の勤行の鐘などが、眼に耳に届くのかと期待していた。

けれど住宅街やらの中をすいすい進んだ新幹線は京都駅のホームに着くまでそんなものを私に見せてくれることはなかった。ともあれ新幹線は停車し、私の靴の裏は京都の土を体験した。

外国の人が、多い。

それが京都を京都たらしめているかのように。そんな錯覚さえ起こる。海のむこうの諸国の、日本人とは異なる鼻梁(びりょう)、骨格、眼の形や髪の質などが、この街のおそらく六割がたを構成しているだろうと思われた。

そして京都駅前へ出ると、私は拍子抜けを感じた。

そうだ、〈京都体験以前〉の私は、京全体が壮大な神域のように認識していたのだ。あえて言うのなら、箱入り娘の清潔さのようなものを期待していた。

それが、マクドナルドがありスーパーがあり、セブンイレブンやファミリーマートがあり、となるとごくふつうの街である。東京よりも高層階がなくて、けれどもゴタゴタしていることは東京と同じだ。

おとなしくかしこまっている乙女というよりは、はたきや箒でもってかいがいしく働く、手ぬぐいを姉さんかぶりにたもとをたすき掛けにした、昔の女性を思わせた。

いずれにせよ、ここがあこがれの京都である。

私が〈京都〉に思い入れるところは大きい。

生まれて二十七年にして西国の領域へ足を踏み入れたことがない。ここ一年うちに東北を経験した以外、旅行という旅行さえしたことがないと言える。

東国の荒武者が、歌垣の筑波嶺を仰ぎながら「都の和歌なんぞ古い」と連歌や俳諧にいそしむその頭の隅で、きらやかな京都の光景――源氏物語、枕草子にはじまり王朝文学のみやび、話に聞く社寺のきよらかさ、そのようなものをひたすらあこがれていたのと同じで、私もずっと読みこんでいた与謝野晶子訳の源氏物語の、その平安な華やかさを夢見続けていた。

ここで一言前提を置いておく。

私は都会が大の嫌いである。東京にいたっては憎悪すら憶える。

田んぼと畑と木立の風と、犬が電柱におしっこをひっかけても水で流したりという気遣いなんてとくにいらない、そういう広やかな緑の空間が私の故郷である。

都会には人しかいない、人に私はとりたてて興味がない。自然の精妙さだとか空の色あいの変化、空気のにおいの移りゆきなどがたまらなくいとおしい。それが、都会には、少ない。

で、京都はその「都会」だったのである。

宿泊場所の妹宅へ、一度荷物一切を置く。昼食をいっしょにしたのち、彼氏に逢いにいくわと出立する妹を見送った。それから埃のこもる部屋の窓をあけてベッドの上へごろりとなった。

私は京都で学生業をしている妹を頼ってこの古都へやってきたのだった。けれど〈古い都〉という感じはどこにも受けることができず、困惑の一方である。出発の朝は四時に起きたのだった。昂ぶった神経は私に眠りすら与えるのをこばんで、ただこう言っているように思えた。

「京都を御覧」

少しごろ寝ののち、私は出掛け支度をととのえた。下鴨神社へは歩いていける距離だった。

グーグルマップの親切な指導によって難なく到着した下鴨神社は、暮れ方なこともあって人がまばらで、私は礼儀どおり鳥居で一礼してから参道の端を歩いて糺の森のうちへ入った。

糺の森は想像以上に小さく、それでもその新緑のみどりはやさしく、風はなごやかで神域にいることを思わせた。けれど私は昨年夏に行った東北の山寺を想って、そことは緑の量が桁違いに少ないのに少しく戸惑った。田舎の社寺と都会の神域のもちろん違いだが、私は終始、私の好む田舎と嫌う都会を比較して、滞在中これに一番苦しむことになる。

ただ、下鴨神社は、まぎれもなく旧(ふる)く善(よ)く、一等級の神社だろうと何となく思った。

というのも、おのおの神社にも等級があるようで、それが終戦を境に撤廃された制度だったかは忘れたが、ともかく神社には何段階か級があるのだった。下鴨神社は無論のこと一級に近い神社だろう。

この日はただ、しばらくここに滞留するのでお世話になりますという旨で参詣して終わった。とりたててお願い事をするというよりは、神様に丸投げるのが私の信仰のありかたなので、それに後日またどうせ来るであろうから、その時またご挨拶申し上げればよいと思った。

思えば外貨獲得の観光業の、一大稼ぎ手としてこの京都は存在している。

所帯じみて見えるのも、しかたないのかもしれない。

自宅へ帰ってマクドナルドをぱくつきながら私は思った。失望した私はともかく、この京都で十日の余りを過ごすことになる。新幹線のチケットが有効になる日まで。

私は、京都が嫌いかもしれない。

それはなんだかあわあわとした哀しみだった。でもこの哀しみは後日ある一宇(う)の建造物ですっかり明るく取り払われることになる。

京都の日は長い。夜七時になっても空が蒼い。建物と灯火に隠れて星が見えづらいけれど、上弦の月だけはささやかに昇っている。四月が終わる、五月になる。

【タイトルは夏目漱石『京に着ける夕』のリスペクトです。

当エッセイに京都をおとしめる意図は一切ありません、あくまで個人の感想です!】

日野成美 拝

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